手首

歌詞を書く1週間位前から、以前読んでちっとも面白くなかった金原ひとみの『アッシュベイビー』をなぜか無性にまた読みたくなったり(この時はとても面白 く読めた)、Gunter Brusというアーティストの自分の身体を素材にした作品に妙に惹かれたり…と、『手首』が求めている世界観に自分がどんどん染まっていくのが分かった。 自分が乗っ取られるような、こういう感覚は初めてだったので驚いた。だから『作った』という感覚があまりない。

この曲は『±0』に収録されている曲の中で一番雅也に注文を出した。
「情景描写だから、ここは感情を込めずに淡々と説明的に歌ってほしい。」
「普段は親に対して無関心な態度をとっている無表情な14才の女の子が、実は心の中で『分かって』『もっと構って』と親に対してつぶやいているように歌ってほしい。」
…等など。この曲が雅也は一番辛かったんじゃないかな(苦笑)。

『永遠の日々』や『彩』は誰もが経験した、もしくはこれから経験する内容の“開いた”詩だったけれど、『手首』はどちらかというと万人受けしない受け入れ られづらい“閉じた”詩になってしまったような気がした。だから、歌詞を書き上げたとき、多くの人が共感出来る“開いた”内容の詩に書き直そうかと思っ た。けれど、曲(メロディー)がそれを許してくれなかった(苦笑)。それに、自分では深く愛を追求できた詩になったなと思ったので、そのままにした。

恋人にもっと愛してもらいたくて、気を引くために手首を切る。
赤ちゃんの頃のように親に目一杯愛してもらいたくて、愛情を取り戻すために手首を切る。
誰にも愛されない自分を罰するために手首を切る。
愛されない空しさから、自分を確認するために切る。
そして、手首からの「もっと愛して。」という声…。

聴く人にとって色々な見方(聴き方)が出来ると思う。
みんなは何を想像し、何を感じてくれるのだろう?